あさひ丸の葦は全て淀川水系のものです。鵜殿と西中島(一部は大淀野草区)で葦刈りを行い、北港ヨットハーバー隣の建造場所に800束ほど集められました。不足分は琵琶湖(安土町、西の湖)のものを用いています。産地によって品質は違いますが、船体にはそれぞれ適材適所で利用しました。

西中島の淀川河川敷での葦刈り終了後。参加者は、ENO、カムナプロジェクト、朝日放送、帆船あこがれウィンズクラブなど。葦刈りは2月頃から3月中旬まで行い、下旬からはあさひ丸の建造に入りました。
詳しい工程は割愛しますが、最初に小チョリソという長い葦の束を作る必要があります。


船の中心を走る船骨は、高山市の飛騨産業株式会社が、企業ボランティアとして制作したもの。4月8日に取り付けました。


螺旋絞り工程で、らせん状に巻かれたロープをきつく締めます。このとき大勢で一斉に"two-six,
heave"という帆船を展帆する時の掛け声で、ロープを左右から引きます。

完成した葦船。大型の葦船としては、フトイの一種のトトラという植物で作ったマタランギ号の例はあるものの、実際の葦で作ったものとしては史上最大です。また、船骨を持った大型葦船としても史上初と考えられます。26日に、制作に関わった人々が集まり、住吉大社から神官を招いて、前日夕方に完成したばかりの葦船の進水式を行いました。船体はクレーンで慎重に吊り上げられ、苦労の末に海に降ろすことができした。そして臨時船検により、晴れて1日限りの小型船舶として認められました。後は番組における進水式を待つのみです。
陸海空からの朝日放送の中継の中、大阪北港ヨットハーバーのスタッフたちの協力により、無事進水式の様子が放送されました。定員は25名ほど。

人気お笑いコンビシャンプーハットと柴田アナ。シャンプーハットは海に落ちる演出でずぶ濡れになり、かなり寒そうに見えました。この写真では、帆に見立てた朝日放送の広告幕が張られています。風を受けている様子がわかります。

クルージング中のあさひ丸。梶の効き具合も上々でした。

あさひ丸は、舞洲緑地沖を通り、天保山岸壁へ。

天保山岸壁にまもなく到着。バックは海遊館と観覧車。

天保山で、朝日放送の柴田アナウンサーと一緒に記念撮影。中央が柴田アナ、水色の上着に帽子は午前のクルーのENO牧村氏。上着で隠れている人もいますが、オレンジ色の制服の5人はウィンズクラブの人々。

昼の休憩中、海遊館隣の天保山岸壁にて。ここで昼食をとり、6割ほどのクルーが交代しました。一番手前の横向きに座っている人が冒険家の石川仁氏。一番奥のサングラスに赤い鉢巻の人はイースター島文化大使のテバ・テアオ氏。右寄り後ろの白い上着は午後のクルーのENO鈴木氏。

このフィギュアヘッドは、楠木でできた龍頭。京都府亀岡市の彫刻家進藤裕氏が、材料費のみで引き受けてくださった作品。

まもなく天保山を離岸。午後は天保山岸壁から出航後、なにわの海の時空館、南港野鳥園沖を通り、南港のオズ岸壁まで。海岸や"なにわの海の時空間"から手を振る人々も見えました。ちなみに午後の航行中、海上保安庁の巡視艇が近づいてきました。何事かと心配していたらスピーカーで「あと少しです、がんばってください」の声が。皆一斉に沸き立ったのは言うまでもありません。船が好きでこの道に入った人たちでしょうから、きっとこういったことは好きに違いありません。


オズ岸壁に接岸するあさひ丸。皆オールを持って漕いでいます。長距離の移動には人力ではさすがに不足で、帆走もあえてしないことになっていたため、曳航船が付いていましたが、このときばかりは皆体を乗り出し、必死で漕ぎました。

出航から着岸まで、全体の進行を中継スケジュールに合わせるのは少し苦労しましたが、着岸後クルーが集まり記念撮影。わかりにくいですが、最後列右から1人目と5人目がそれぞれ午後のクルー、ENO江口氏と藤村氏。

日が暮れてから、後片付けなどで残ったクルーや地上スタッフで再び記念撮影。日焼けで顔が赤くなっている人多数。